2006年02月24日

乾燥イチジクはトルコ産

親しくさせてもらっている方から、見つけて美味しそうだからつい買ってしまったというイチジクのおすそ分けを送って頂きました。何でも、先に長野の風光明媚なところへ休暇を過ごしに行ったそうで、そこで売られていたのだとか。確かにパッケージには「原産国 トルコ」と印刷されています。大粒で肉厚、色はトルコで売っているものよりも白っぽい、つまり青い感じですが、味はイケてます。

イチジクはトルコの主要輸出品目の一つで、不確かな記憶ですが市場に出回っているものの7割はトルコ産なのだとか?! その市場というのが世界だったか日本だったか、或いはトルコで生産されているイチジクの7割が輸出されているということだったのかなぁ・・・話が全然違いますね。失礼。どちらにしても、築地市場の近くの路上で山積みで売っていたのもトルコ産だったし、スーパーでパッケージに入って売られているのもトルコ産のものばかりです。

かつてトルコに住んでいたとき、友人や親戚の土産には必ずこれを買ってきていました。友人は大好物で親子揃って朝の楽しみに食べているとか、お通じにもいいのだとか、とにかく喜んでくれていました。かくいう僕はトルコ時代には冬場のおやつに常時ストックし、時には夕飯代わりに幾つも食べては一人悦に入っておりました。今晩はおすそわけを嬉々として3個も平らげてしまいました。明日の朝はさぞかし「スッキリ!」するのではないかと思っています。
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2006年01月04日

公共サービス 引越し

家運がなかったのかトルコでは何度も引越ししました。比較的落ち着いていた直近8年間でも同じ地区の中で3回しています。その際に面倒なのが公共料金の精算と異動手続きです。日本では電話一本で済む用事を、すべて出向いて直接やらなくてはいけないのです。名義人以外が出向く場合、公証人役場で事前に委任状を出してもらい、それを持って行くのですから余計に手間がかかります。ある意味それだけ本人確認をしっかりやっているのですね。

下の地図で星マークは僕が住んでいた地区、吹き出しは移転手続きなどをしてくれる関連会社の本局を示しています。

インフラ.jpg

通称ミニバス通りという大通りの近くに住んでいたので、そこへ出れば東西どちらへも行くこと自体は簡単です。

各本局へ出向いてやるのは基本的に
1 現住所での料金残額払い込みとその日時点でのメーター数値の通知
2 精算証明をもらって、あればデポジットの残金をもらい現住所でのアカウントをクローズしてもらう
3 それを受けてデポジットを払い新住所でのアカウントを開いてもらう

ここで支払い、あちらの角で領収書、そのとなりでハンコと、ぐるぐる回り、これを水道、電気、電話・CATV、ガスとそれぞれやるのです。言葉ができないとどうにもなりません。しかもそれぞれに直近請求書の提示、身分証明書のコピー、新規オープンのほうにはそれプラス賃貸契約書のコピーが必要なので、書類準備も相当です。行けば窓口は大行列だったりすることも多く、一日で全部回って解決できると、アンビリーバブル!と会社の総務担当に叫ばれるほどの仕事です。

本来、同じ人が同じ地区で移動するだけなら、住所変更ということだけでよさそうなものですが、理屈はそうでも結局クローズ→オープンという手続きが必要です。地図にあるようなアジア側では、初めにカドキョイの水道、電気を解決し、次に電話・CATV、最後にガスと回ると効率がよさそうです。かつては書類の数が多かったテレコムも最近は申請用紙一枚で済むし、ガスも割と効率よい処理の仕方なので、次第に手続きはラクになってきているようです。

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2005年12月07日

短編作品 ギリシャ国境

惨めと言わずに最後までお付き合い下さる方に、予めお礼を申し上げます。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

時は1995年2月上旬。トルコからバスでギリシャへ入って、その後トルコへ再入国した時の想い出です。国境に近いアレクサンドロポリから同じルートを戻っては面白くないぞと地図を見ると、北のほうにトルコのエディルネへ通じるルートがあるじゃないですか! バスでアレクサンドロポリを出て、途中の街で乗り換えて、国境の街カスタニエに到着したのは午後でした。

女の子の一群が教えてくれた方向に歩くと、兵士が立っている国境の通過地点が見えてきました。兵士いわく、「明日の朝いらっしゃい。」「へ?」「今は閉まっている。明日の朝9時に開く。」国境通過地点はどこでも24時間やっているわけではないのを、初めて知りました。
「この辺に泊まる所はあるの?」「来た道を戻れば、ペンションがいくつもあるよ。」週末の国境通過は9:00-11:00の間だけなんだそうな。そう、あれは土曜日だった。

歩いてきたけど、そんな気配はまったくなくて静まり返った田舎町の風情だったと思いつつ、兵士の言うことに従うしか方法はありません。予約もガイドブックも何もなし。道端で花をいじっていたおばあちゃんに尋ねてみると、「αβγδεζ・・・」とまくしたてられ、しかも腕を強引につかまれて、ペンションとおぼしき所へ引っ張りこまれました。要は客をゲットしたんですな。サロンでは薪ストーブが赤々と燃えて温かい田舎の宿の趣き。

おばあちゃんはギリシャ語かドイツ語、こちらは英語で、会話にならないながらも朝食付きで一晩3000ドラクマということが分かり、他に宿を捜し求める気力もなく投宿することに。ま、いいや。夕食も出してくれるということになり、おかしいと思ったら夕食とは、湿気たビスケットが2枚にギリシャコーヒー。ちぇっ。お金も尽きてきていたので、外へ食べに行くこともはばかられ、買っておいたリンゴでしのぎました。

暗くなったので早いところ寝たいが、部屋が寒い。
posted by ムフテリフ at 22:07| 東京 ☁| Comment(1) | TrackBack(0) | トルコ回想録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年11月13日

ひよこ豆のトマト煮

nohut 002.jpg

トルコで食べて、あのホクホク感が気に入ったひよこ豆。これからの季節に美味しい煮込みです。向こうで覚えたメニューですが、今では材料も日本調達だし、自分流にアレンジもしてしまっているので、「トルコ料理」とは言わないことにします。

<材料:4人前くらいかな?>
ひよこ豆 250-300gr
玉ねぎ(中) 一個
角切り肉 150gr
トマト(中) 4個:ホールトマトの缶詰でもいい
塩、胡椒、オリーブオイル 適宜

<作り方>
1 豆を一晩水につける。
2 翌日1を中火にかけ、沸騰したら弱火にして25分ほど煮る。
3 その間に適当に刻んだ玉ねぎ、角切り肉をオリーブオイルで炒める。
4 3に適当な大きさに切ったトマトを加えて、果汁を出させる。
5 2を4に加え、塩、胡椒、お好みで砂糖を少々入れて味を調える。
6 20分ほど煮込んだら出来上がり。

<ポイント>
ひらめき トマトの切り身は小さいほうが早く汁が出てきて好都合
ひらめき 5で果汁の量は、豆がひたひたより気持ち多いくらいにする

初めに豆を煮るとき臭いので、換気は必須です。
豆が踊らないように弱火でほおっておけば、崩れずにホクホクなります:)
posted by ムフテリフ at 22:04| 東京 ☁| Comment(4) | TrackBack(0) | トルコ回想録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年11月06日

ドライフルーツ

トルコの良いお土産は何ですかと聞かれたら、(ハイソな方は除いて)迷わずドライフルーツと答えることにしています。特にアンズは肉厚でしっとりしていて、とてもドライとは思えないくらいだし、イチジクも実が大きくて味が濃厚で一度食べたら止められないこと請け合いです。

先々週、慌しさにかまけてブログにアップはしなかったものの、トルコから元同僚が出張で日本へ来ることになっていたので、予めアンズとイチジクを頼んでおきました。期待を裏切らない肉厚で濃厚なアンズとイチジクが届き、久しぶりに気兼ねなく懐かしい味を堪能しました。

ドライフルーツは旅行者向けの土産物店でももちろん売っていますが、一般庶民が日常用立てている街中の「商店」的な雰囲気の店のほうが値段も手ごろで、量り売りで小袋に分けて入れてくれたりもして便利です。旅行ではそこまで踏み込むことはままならないでしょうけれど・・。スーパーでもそれなりのものがあるので、お試しを。

ピスタチオも塩味が程よく効いていて美味です。ピスタチオと言えばイランやインド産が日本では幅を利かせているかもしれませんが、トルコのものもなかなかです。

かつてはこの3点セットを買い求めて一時帰国の際のお土産にしていました。おすそ分けしたところでは、どこでも大好評でした。なにしろ、「うちはアンズは食べない」と言っている人が、一つ口に入れたら止まらずに、「ちょっと分けてもらえる?」と言い出すくらいですから・・・。
posted by ムフテリフ at 17:00| 東京 🌁| Comment(3) | TrackBack(3) | トルコ回想録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年10月18日

デュリュム DURUM

ガイドブックなどにも載っているかもしれませんが、大好きなトルコ版ファーストフードを紹介します。東京の街中でも、よくDONER KEBABなどと看板の出ている、肉の塊を回転させて焼いては、けそいでパンに挟んで出したりするものがありますが、あの「巻物」バージョンです。

名前はカナで書くとデュリュム。アルファベットの場合Uに点々がつきます。大判のクレープ生地のようなもので、回転焼きで焼いてけそいだ肉、千切りのサラダ菜、トマトとピクルスのスライス、店によってはフライドポテトを数本入れて、とにかく具沢山で巻いて出してくれます。お好みで辛いソースをあらかじめ入れてくれることもあります。一本20cmくらいはあり、けっこうおなかが膨れます。肉も野菜も入っているし、その場で作ってくれるのでマックなどよりも僕はずっとデュリュムの方が好きです。

ちなみに肉はチキンであれば食べやすく、牛でもOK。いずれにしても味付けが程よいのです。時々羊が入っているのか?と思うものもありますが、慣れればなんてことはありません。住めば都、というじゃありませんか。

そのときの飲み物は、ヨーグルトを薄めたアイランもよし、コーラもよし。でも、お勧めは絞りたてのミックスフルーツジュースです。その時々で材料が違い、従いジュースの色も違っていて楽しみなのですが、基本的にフルーツ各種(リンゴ、キウイ、バナナ、オレンジ、あればザクロも!)、人参、蜂蜜をミキサーで混ぜたものがジョッキのような大グラスで登場します。僕がよく行った店ではこれをコクテイルと言って売っていました。「一度試したら病みつきになる!」みたいな張り紙がしてありましたが、本当にその通りです。他の飲み物に比べると値段は倍くらいするのですが、飲む価値はあります。なんというか、とっても健康になった気分がします。

トルコ国内、イスタンブル市内、どこでも売っていて、ちなみにイスタンブルなら路面電車の発着地に近いタクシム広場の一角にこの手の店が何件も並んでいます。あの雑踏、怒鳴るようにうるさい客引きの暑苦しいおっさんやお兄ちゃんたち、忙しく行きかう人々・・・そんな光景の中でデュリュムを頬張ると、イスタンブルにいるのが実感できます。
posted by ムフテリフ at 21:39| 東京 ☁| Comment(1) | TrackBack(0) | トルコ回想録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年10月01日

トルコ語で数字

先日Noriさんのブログでフランス語やドイツ語で、数字二桁の「言い方」の話が出てきたので、遅ればせながらトルコ語での数字二桁について。どの言語でも、その言語で発想すれば、「言い方」はどうなっていようとも、(日本語に比べると)言葉の並びがひっくり返っていようが、かけて足していようが、その数字を現すという点では一緒ですよね。当たり前のようですが我々は日本語での数字の「言い方」を持った上で、よその言葉では数字の「言い方」が違うとか、ここで話していると理解します。そこを念頭に置いた上での話です。

ちょっと変則ですが、1-10の基数と二桁からの数字の「言い方」を追記に書くので先に読んでいただき、その後この続きに移るとよいかもしれません。*

11-19は日本語と同じ発想でいけてしまいます。英語やフランス語のようにそれ自体が姿形を変えずに、10+(1,2,3・・・)という「言い方」です。反対に20-90台は残念ながら日本語的な10の位が「Xx10」ではなく姿形を変え(特に30,40,50台がまったく別物)、その後に1の位を並べます。

単位の区切りは英語やフランス語と同じように三桁区切りで、千の位の次の単位はミリオンです。従い、4桁ごとに単位が変わる日本語との間で通訳するときに、億のあたりで位取りがずれて面倒なのは一緒です。* 先にこちらをチェックしてください。
posted by ムフテリフ at 13:32| 東京 ☀| Comment(4) | TrackBack(1) | トルコ回想録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年09月27日

洗濯機

トルコでアパートを借りることになって買った家具の一つが、中古で一槽式・回転ドラム式のもの洗濯機でした。いくらトルコでも、もうあの類の機械はお払い箱になっているでしょう。

全自動洗濯機はどうかといえば、冷水だけを引くタイプと、冷水・温水両方を引くタイプがあります。後者は洗濯機が冷水・温水の量を調節して必要な温度にしているのでしょう。前者は中にヒーターが入っているのでしょう、水を温めてお湯にして洗いますが、その湯温は90度まで調節可能です。

水温が高いと汚れがよく落ちるのは理屈ではわかっても、何もそこまで・・・という気はしました。現地で聞いた話によると、90度というのはレースのカーテンやテーブルクロスなどを純白に洗い上げる(それがその家の女性の沽券に関わる)のに使うのだとか。

洗濯機のデザインはヨーロッパのものと同じなので、口は日本のように上向きではなく前向きです。最近は更に口の大きいもの、通常の5kg洗いから6kgになったモデルも出ています。

排水はポンプで汲み上げるようになっています。「日本の洗濯機は排水が下に抜けるようになっていて原始的である」と、一度トルコの新聞記事か何かに書いてありました。

極めつけは洗濯のプログラムが長いことです。綿などを前洗い+本洗いのコースで洗うと、2時間はかかっていたと思います。前洗いなしの短縮コースでも洗濯機は1時間は回っています。最近はいわゆる電子回路内蔵の賢いタイプも出てきたようで、節水だの、洗濯物の量などで洗い方を判断するだのと宣伝していました。
posted by ムフテリフ at 22:46| 東京 🌁| Comment(3) | TrackBack(0) | トルコ回想録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年09月05日

泥棒! 

あれは2002年の2月の初めでした。当時住んでいたのはイスタンブルのアジア側、住宅街ではあるけどつつましいアパートの2階、築25年位で、電話回線が壁にジャックを挿すのではなく、玄関の壁に穴を開けてそこから通してきてあった、電気のコンセントも入居時には死んでるものがいくつもあったといえばどんな感じか想像ができるでしょう。

所用で残業が続いて帰りが遅い時期で、ある晩10時過ぎに帰ったら玄関ホールにブレザーが乱れて置いてありました。男の一人暮らしとはいえ、玄関まで服をちらかすほどではありませんでした。

寝室へ入って寒気がしました。引き出しが全部開けられ、中のものが片っ端から床に散らばっていて、ベッドマットもずらした様子が見て取れました。隣の部屋の電気をつけると、バルコニーに出るドアのガラスが割られていて、犯人がそこから侵入したのが分かりました。風に揺れるカーテンが不気味でした。すぐに上下の住人に知らせて、警察にも通報。10時半近くでした。

後から分かったのですが、被害はもう処分しようと思っていたブーツ、色が明るすぎて着ないでいた夏物ズボン、ちょっと悔しい新品のセーター、ストーブで焼いて壊れてしまった腕時計、VCDプレーヤでした。金目のものの被害はゼロ。こんなのばかりでご苦労な泥棒でしたが、僕にしてみれば犯人と鉢合わせにならなかったのが、幸いでした。

後は警察にお任せしましょう・・・。
posted by ムフテリフ at 21:21| 東京 🌁| Comment(2) | TrackBack(0) | トルコ回想録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年08月30日

母語の習得

今日はちょっとアカデミックに? トルコのメディアからネタを拾ってみます。ネタ自体は2,3日前にみつけたのですが、今晩やっと細工(翻訳)してみます。出所は、トルコのテレビ局NTVのホームページです。http://www.ntv.com.tr/news/334623.asp

のっけから会合の名前でつまづいているという話もありますが、今日のところはご容赦いただくということで・・・。

はてさて、我々は何歳ごろまともな日本語を話せるようになっているでしょうか?

細工したものはこちらです・・・・
posted by ムフテリフ at 21:00| 東京 ☁| Comment(5) | TrackBack(0) | トルコ回想録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年08月28日

今日の東京見物

予告どおり元同僚のHと一日東京見物してきました。

駅前広場で待ち合わせをしました。トルコに居たときは感じなかったのですが、ヤツはあんなに濃かったかぁ?と思ったのは、あっさり顔の日本人の中に彼の姿を見たからなのでしょう。それはともかく、5ヶ月ぶりの再会でその場で話し込みそうになるのを押さえて、駅のホームへ移動、電車に乗り、その間もお互いの過去5ヶ月の様子やむこうで会社で起こった事などをしゃべり続けました。押上駅を経由して目指す本所防災館に到着。

本所防災館はHPにあったように事前に予約をしておいたので、すぐに受付を済ませてくれました。最近地震が多くなり台風シーズンも到来しているため、体験コーナーをめぐるツアーの参加者が急に増えているそうです。立体映像で首都圏直下型地震発生後のパニックの様子に震え、煙の迷路を脱出するコーナーでは粉末の煙に僕がむせこみ非難時には口と鼻を覆うべしと再認識し、暴風雨体験では大雨の中で息もしづらいのを体験しました。

特に地震体験車両では震度7の揺れではガスの火を止めるどころか何もなす術もないことを体感し、「グラッときたらまず火の始末」という言葉を思い出しました。それに家の中の大型家具の固定も大切ですね。我が家の台所では茶箪笥が倒れてきたら恐ろしいです。震度7のシミュレーションの後、あの部屋から降りてもしばらく身体が揺れている感じでした。地震国日本でもトルコでも、こういうシミュレーション・訓練は多くの人がやるべしと二人で話しつつ防災館をあとにしました。

ついでにいうと本所防災館は入場無料でこうした体験コーナーやその他展示を設けているのだから、つい忘れがちになる防災をおろそかにしないためにも、こうした施設の利用が広まればいいと本当に思います。僕自身初めて行ってみましたが、なんだかみんなにお勧めしたい心持です。夕方別れ際にHが発した言葉から察するに、彼にとっても一番強烈だったのが地震体験での揺れだったようです。また英語、中国語、韓国語のワイヤレス録音通訳ガイドも備えてあり、外国人の受入体制も整っています。通常の観光ルート以外の行き先に検討してみてもいいかもしれません。(と、すっかり防災館のスポークスマンのようです)

というわけで、今日の見物は一発目で予想以上の大当たりでした。

お時間が許せば続きもどうぞ・・・(たいしたことはないのです)
posted by ムフテリフ at 22:15| 東京 ☁| Comment(3) | TrackBack(0) | トルコ回想録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年08月27日

今日は現在形で

このカテゴリでは今年春までのトルコ滞在の思い出を書き散らしているため、文は自然に過去形を取りますが、今日は進行中の出来事を現在形で一本書くことにします。

トルコの同僚Hが研修で日本へ来ています。一昨日宿泊先に一度電話をしてみました。元気なヤツが元気な声でコッテコテのトルコ語で話しかけてきて、こちらもトルコ語で応戦。と思いきや、しゃべりたいことがど〜っと押し寄せてきて言葉が詰まってしまいます。それに帰国後トルコ語を話す機会も滅法減ってしまって、この有様ではトルコ語が忘却の彼方に消え去る日も近いのか、「僕の10年が消えてしまう!」と冷や汗しています。(やばいぞ・・・ドラム小僧さん、渡仏もせず仏語の達人であられる貴兄に敬意を表しつつ、この辺りの絡みでTBさせてもらいました。)スカイペだったかな、ネットで電話ができるあのソフトを入れて、トルコの友人としゃべりまくろうか・・・。

それはさておき、明日Hと東京見物に出ることにしました。かつては彼の国に滞在していた僕が帰国して、自分の国で彼を客として迎えられるのはとても嬉しいことです。トルコでは沢山の人によくしてもらっていたので、こういうことでお返しをしたいといつも思っています。

予定のコースは本所防災館、僕のお気に入りの江戸東京博物館、Hが食べ物に問題なければどこかで和食もトライして、その後は状況次第で浅草か、隅田川の水上バスにでも乗ってみるかもしれません。その界隈で明日怪しい言葉を操る濃いめの男性二人組を見たら、僕たちだと思ってください。明日の東京見物はちゃんとブログにアップします。

久しぶりに楽しいトルコ語の一日が過ごせそうで、明日がとても楽しみです。
posted by ムフテリフ at 17:57| 東京 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | トルコ回想録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

違法建築

日本でも東京への一極集中が議論されますが、トルコでも地方とは格段に違いのある(そこだけ別の国のような印象すら与える)イスタンブルへの集中が問題になっています。かつてイスタンブルへの移住が集中した時期に、つてもなく地方から出てきた人たちはどのように生活をスタートさせたのでしょう。

まず家が要ります。でも建築許可などは持っていません。どうするか? 想像に難くないのですが国有地などに入り込み床、柱、壁、屋根を作り家らしきものを建ててしまうのです。電気も水道もどこからか引っ張ってきます。とはいえ、存在自体が不法、電気も水道もいわば不法利用です。

こうした家は一軒二軒にとどまらず増えていき、そこに違法建築の地区ができてきます。そうこうしていると選挙になります。「当選の暁には皆様のところへ電気水道を敷き(正確にはそれを合法化し)、生活条件の向上を・・・」みたいな演説をするのかどうかは別として票の欲しい候補者、自分たちの存在を既得権益化・合法化したい地区の住民の需要が一致します。

めでたく政治家は当選、水と電気は合法化=家自体も合法化という図式の中で、次の展開は増築です。こうして選挙のたびに違法建築が増えていくのだとは、実際に地方から出てきてこのように自分で家を建てて住んでいた知人の話です。

イスタンブルのみならず、大都市の周辺にはこうした光景のところが見られます。違法建築だということで、時々当局がブルドーザーを出動させて家を解体する光景もしばしばニュースに登場します。先日、トルコの某テレビ局のHPには、イスタンブルにある150万軒ほどの建物のうち半数は建設許可がないという報道が出ていました(建物自体はもっとありそうなんだけどなぁ、150万とはどういうことか・・・)。数年前には、当局が建てた日本で言えば都営・市営住宅が登記されていないという報道もありました。
posted by ムフテリフ at 11:35| 東京 ☁| Comment(5) | TrackBack(0) | トルコ回想録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年08月21日

そもそも何故トルコへ?

断片的に書いている回想録の、導入となるべき部分を今更ながらアップしてみます。

この質問に答えるべく遡ると、伏線は中学時代まで戻ります。当時テレビで観たトルコの軍楽隊の演奏が今の吹奏楽に似ていると心に残ったのです。次に大学で言語学の授業で「日本語に似た言葉は韓国語、モンゴル語、トルコ語などである」というのを聞いたのが二つめのきっかけです。それならばやってみたら面白いだろうかと言っている間に卒業間近になり中東関係の本を読んだら興味が沸き起こってきてしまい、就職もしたのだけど、なんだか諦めがつかずにいました。仕事を辞めて、今のうちに思い切ってやってみようと現地入りしたというわけです。

当時はイスタンブルに知人がいて、そこを頼りに最初の一歩を踏み出しました。あの当時お世話になったYさんやEさんには本当に感謝しています。学校の手続きを終えてトルコ語を学び、初めの頃は買い物ついでに行った先々で長居しては聞こえてくるトルコ語を全身耳にして聞いていました。夜8時には睡魔が襲ってきたのを思い出します。

トルコ語学校がもう2ヶ月で修了という時に、あるプロジェクトで通訳のアルバイトをする話が転がり込んできました。通訳も何も、まだ自分のことですら事欠くような有様だったのに「通訳がいればいないよりもまし」ということだったのでしょうか、話がまとまりました。この通訳経験が学校で習ったことの実践、語彙の補強、文を正しく作る努力とその繰り返しという、言ってみればその後のトルコ滞在の基礎になりました。滞在の初めの段階でこうした機会が得られたのは、振り返ると恐ろしいけれども、幸運だったと思います。

その後某企業にフルタイムで採用されて、今年の3月までイスタンブルの住民であったというわけです。

posted by ムフテリフ at 21:17| 東京 ☀| Comment(3) | TrackBack(0) | トルコ回想録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年08月17日

メイドさん

3年ほど前に知人が帰国した時に、その家に来ていたメイドさんを引き継ぐことになりました。それまでは「そんな、人を使うなんて恐れ多い・・・」と思って、一人で暮らすのに気にならない程度に自分でできる範囲で掃除をしていた僕のアパートに隔週で一回ずつおばさんに来てもらい、掃除全般、洗濯物、アイロンがけをしてもらうことになりました。

通常メイドさんたちは朝9時か10時ごろ来て、仕事が済むと4時か5時ごろ帰っていきます。初日、真冬の日が一番短い頃でしたが、真っ暗になった7時前にアパートに戻ると、なんと部屋に電気がついています。「おばさん、電気消して帰れよなぁ・・」とドアを開けると、メイドさんがまだ雑巾で床をごしごし拭いています。

「あんた、もっとちゃんと人間らしく生活しなきゃダメよ!」
exclamation&question こんなに遅くまでやってくれなくっていいのに。終わらなかったら次回にしてくれればいいよ。」
「それじゃ私の信条に反するの。それに、一度大掃除して完全に綺麗にしてからじゃなきゃ、いつまでたってもきたないまんま。これじゃ一人じゃ終わらないから、次はうちの嫁を連れてくる。それで一度綺麗な状態にする。」
「おばさん以外の人には来てもらいたくない。」
「何言ってるの! まったく・・・」

と、ハイテンションに叱られてしまいました。人間らしくないとはお言葉あんまりだったけど、確かに掃除が行き届かなかったことは認めます。でも、生活できないような病気になるような掃き溜めのようなレベルでは決してなかったので、念のため。

やがておばさんは引上げていきました。家の中をこわごわ見て回り、ピカピカになったリビングと台所には思わず歓声を上げてしまいました。ちなみにアルミの鍋は底が出べそになるくらい力を入れて磨き上げてくれたらしく、その後ついに座りが悪いのが直りませんでした。

細かい話をするときりがないのですが・・・
posted by ムフテリフ at 21:21| 東京 ☁| Comment(4) | TrackBack(0) | トルコ回想録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年08月10日

ステープラー

かつてはホチキスと言っていたような気がするあの文房具を見るにつけ、トルコを思い出すのです。

向こうへ到着後まもなくトルコ語学校へ手続きに行ったときのことです。予め言われていた証明写真を何枚か持って行きました。受付の女性がそれを受け取ったかと思うと、学生証に僕の氏名、国籍、父の名前(そうそう、トルコではなにかとすぐに父の名前を書かされたものです)などを書いて、最後に証明写真をバチンと学生証にとめたのです。正直なところ、あまり気持ちのよいものではありませんでした。顔がもろにホチキスの針でぶち抜かれている、眼が抜かれているような仕上がりなのです。

後日、引越しの折に電気、ガス、電話関係などの手続きにしかるべき当局へ出向くと、申請書類一式がやはり見事にバッチンとホチキス留めされているのです。仕事について会社の中で見ていても、クリップで済みそうなところでことごとくホチキスをバッチンなのです。あれだけホチキスが大活躍しているのですから、トルコ全体で一体どれだけホチキスが使われているのだろうと思ったりしました。ついでにいうと、トルコは書類ものが本当に多いと思います。あれはもっと減らせるでしょう。

今日、会社で何の気なしにバッチンとやっている自分に気づき唖然としました。
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2005年07月18日

イスタンブル 賃貸アパート事情

端的にはピンからキリまでと初めに申し上げておいて、一庶民の垣間見た賃貸事情です。

● 広さ
小さめの物件でも少なくとも80m2くらいはあり、平均的には110-120m2くらいあります。

● 間取り
現地の言い方では「2+1」「3+1」で「寝室/部屋数+リビングの数」を表し、新聞広告でもこうした書き方が一般的です。旧市街や欧州側新市街の古い地区、或いはアジア側カドキョイ辺りは建物も古く「2+1」が主流といえます。アジア側の多くと欧州側の中心部からある程度離れたところは「3+1」が主流です。学生向けに大学周辺にできた最近の物件だとワンルームに近いものもあるといわれますが、僕は実際に見たことはありません。

● 一階は一回り小さい
これは一種の税金対策なのかもしれません。2階以上が少し張り出したようなつくりの建物が多いです。そのため同じ間取りでも1階物件はちょっと小さかったりします。窓には当然安全対策に鉄格子です。(これは慣れるまで違和感があります)

● 暖房設備
これは重要ポイントですが、下のボイラー室で燃料を燃やす集中一括暖房か、部屋ごとに温水・暖房兼用器(コンビという)で暖を取るのが主流ですが、いずれにしても暖房はついています。以前湿度について書いたことがありますが、この暖房のおかげで部屋の空気はカラカラです。もっともそうしないと湿気が「骨にしみて」身体に悪いというのが向こうの感覚です。冬に来日して一般家庭に泊まる幸運に恵まれたトルコ人が口を揃えて言うのは、「経済大国ニッポンの家があんなに寒いなんて!」という台詞です。

● 不動産屋
賃貸契約成立の暁には、店子が年間家賃の12%を手数料として払うきまりです。蛇足ながら物件売買の時は売り手・買い手双方から3%ずつ取ります。手数料さえもらえば彼らの役目は終わったことになるのでしょうけど、実際には引越してみてから(公共料金の思わぬ未払い金、修理など)色々とヘルプが必要になることが多いのです。そこまで面倒をみてくれるところを探すのも一つのポイントですが、これが難しい。

● 家賃
アジア側、3+1、コンビつき、交通の便の良いところで今なら600-700YTL(概算5万〜6万円弱)くらいでしょうか。イスタンブルの家賃は決して安くありません。他の物価と比べても家賃の上がり方は激しく、そのため家賃上げを抑える法案が議論の的になっていましたが、どうなったことか。

おまけ:最後に住んだメゾネット物件のベランダからちょっとだけ見えるマルマラ海とプリンセス諸島の一部
balkondan.JPG
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2005年07月13日

イスタンブル 運転事情

ポイント
1 クラクションやウインカーでのパッシングは最大限活用
2 「俺が先だぞ!」の精神
3 罵詈雑言:閉鎖された車内で言ってる分にはいっこうにかまわないが・・・
4 (歩行者の立場だと)車は止まってくれない

<例題1>
T字路の出会い頭に双方からほぼ同時に車が来ます。
どうなるでしょうか?

<答え>
衝突寸前でブレーキ音を響かせて双方かろうじて止まります。警告するかのごとくビーッ!とクラクションも鳴らします。双方「お前はどこ見て運転してるんだ!」「俺が先に抜けるんだ!」と応酬します。血の気が上がり双方車から出てきて口角泡を飛ばしながら自分を正当化します。どちらの車の後ろにも後続車が来て、「道を空けろ」とクラクションをガンガン鳴らします。周りの歩行者たちの反応:「全く無意味で迷惑・・・」

<例題2>
朝のラッシュアワーが始まり流れが悪くなってきた7時過ぎ、以前書いた通勤用送迎バス中型が2台走っています。その後ろに市バスが1台続いています。中型バスの2台目は市バスのバス停の丁度前辺りに位置しています。市バスが「前へ詰めろ」と言わんばかりにポワ〜ンとクラクションを鳴らします。さて、次の瞬間何が起こったでしょうか?

<答え>
2台目のバスの運転手は市バスのやり方にカチンときてしまい、後ろを向いて、向こうの人がクレームをつける手をチョップのように振り出す仕草までしつつ「何言ってんだ馬鹿野郎!」と悪態をつきました。その瞬間すぐ先の信号が赤になり、1台目の中型バスは減速して停車しました。速度はおちていたものの、2台目は1台目にガシャンと追突しました。
交通警察が来て調書を取るまで現場から車は動かさないのがルールなのだから、さあ大変。

いずれの例題も実際に僕が目撃したケースです。おそらく、似たような状況が今この瞬間にもイスタンブルのどこかで発生しているでしょう。「お先にどうぞ」「ありがとう」なんてフレーズはイスタンブルではまず役に立たないと思っていたほうが身のためです。
ポイント4については以下オマケです
posted by ムフテリフ at 22:41| 東京 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | トルコ回想録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年07月11日

トルコ風パイ

現地ではSU BOREGIというパイのレシピを紹介します。名前の由来は知りませんが、SUとはトルコ語で水のことで、生地をゆでることからこうした名前がついたのではないかと考えます。

僕が試したのはフライパンで作るやり方です。最近書いた「国勢調査」で外出禁止になったあの日、調査員が来るのを待ちながらキッチンで粉まみれになって孤軍奮闘したのが初トライでした。

ブログで紹介をと思いきや、レシピの載った雑誌が確かあったはずなのに見当たらない・・・例によって、えいやっ!と目分量のいい加減な記憶レシピを。

● 材料
小麦粉(生地が10層になります。お手元のフライパンの大きさ次第で量を決めてもらえれば・・・ちなみに28cmバージョンで300gr位使ったでしょうか。こねてる間に作業台にくっつかないように粉を振ると玉が若干大きくなるような事態も考慮に入れましょう。)
卵1-2個
水適宜
バター適宜
パセリのみじん切り適宜
細かく砕いた白チーズ(小鉢1ぱいくらい)

● 必要な道具
フライパン
冷水を張ったボウル又は鍋
鍋に熱湯
ケーキ用延べ棒
清潔な濡れ布巾
拭取り用の布巾或いは紙タオル

生地から作るレシピなのでキッチンが相当な戦場状態になります。
できばえはともかく、創造性をくすぐられるというか、ストレス解消にもなります。
生地は市販のパイ生地でもいいのかもしれませんが、僕は使ったことがないので、どうなるか分かりません。
作ってみたい奇特なお方は作り方をご覧下さい。
posted by ムフテリフ at 21:12| 東京 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | トルコ回想録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年07月09日

犠牲祭、地鎮祭

ちょっと血なまぐさいことを書きますので、苦手な方はブラウザの「戻る」ボタンでお戻り下さい。草花園のダイスケさんが飼っているヤギのブリちゃんの記事 http://so-kaen.sakura.ne.jp/mt/mt-tb.cgi/272 を読んで、トルコで見た動物を屠るシーンを思い出したのですが、ダイスケさんすみません、妙なところでブリちゃんを結び付けてしまって・・・。

● 犠牲祭
イスラム教の宗教祝日のひとつで、神(アッラー)への感謝を込めて動物(いけにえ)を捧げ、屠った動物の肉は3等分してまず貧しい人に分け与え、隣人に与え、残りを自分たちで食するそうです。ちなみにイスラム教徒全員が動物を屠るわけではなく事情が許すお家が「動物を捧げることができて感謝」とこれを行っていますし、僕が知る限り「信仰という人間の都合で動物の命を絶つことはできない」と、これを行わない人達も少なからずいます。

● 地鎮祭
日本では神主さんを呼んでお祓いをしますが、イスラム教が一般的なトルコでは動物を屠ります。理由を聞くと、「工事・事業が無事に済むよう、こうして先に血を流しておくことで作業中の怪我や事故がないよう祈念するのだ」という答えが返ってきます。

くどいようですが、あくまで僕自身が見聞した範囲内での話です。

続きがありますが、無理にとは言いません。
posted by ムフテリフ at 10:02| 東京 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | トルコ回想録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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