2005年07月09日

犠牲祭、地鎮祭

ちょっと血なまぐさいことを書きますので、苦手な方はブラウザの「戻る」ボタンでお戻り下さい。草花園のダイスケさんが飼っているヤギのブリちゃんの記事 http://so-kaen.sakura.ne.jp/mt/mt-tb.cgi/272 を読んで、トルコで見た動物を屠るシーンを思い出したのですが、ダイスケさんすみません、妙なところでブリちゃんを結び付けてしまって・・・。

● 犠牲祭
イスラム教の宗教祝日のひとつで、神(アッラー)への感謝を込めて動物(いけにえ)を捧げ、屠った動物の肉は3等分してまず貧しい人に分け与え、隣人に与え、残りを自分たちで食するそうです。ちなみにイスラム教徒全員が動物を屠るわけではなく事情が許すお家が「動物を捧げることができて感謝」とこれを行っていますし、僕が知る限り「信仰という人間の都合で動物の命を絶つことはできない」と、これを行わない人達も少なからずいます。

● 地鎮祭
日本では神主さんを呼んでお祓いをしますが、イスラム教が一般的なトルコでは動物を屠ります。理由を聞くと、「工事・事業が無事に済むよう、こうして先に血を流しておくことで作業中の怪我や事故がないよう祈念するのだ」という答えが返ってきます。

くどいようですが、あくまで僕自身が見聞した範囲内での話です。

屠り方はいずれの場合も宗教行事なので執行人が文言を唱えた後、動物の頚動脈を「大なた」みたいなもので一気に切ります。ちなみに執行人には肉屋や手慣れた人達もいればその日だけ切るような人もいて、後者の場合動物を切ろうとする傍から自分の手などを切って病院沙汰になる例が毎年報道されます。

かつてはアパートの裏庭や表通りでも動物を屠り、街路樹に吊るして後の処理をするのがイスタンブル市内でも広く行われていました。EU加盟を目指して色々な規定をEU適合にする一環なのでしょう、ここ数年は市役所が市内各地に設けた特定の場所で動物を屠るよう指導が進んでいます。

ところでイスタンブル市内で犠牲祭用の動物はどうやって手に入るの? と思う方もいらっしゃるでしょう。犠牲祭のひと月くらい前から県内幹線道路沿いの空き地(従い街のド真ん中ではない)などにテントが立ち並び始め、「犠牲祭用動物販売所」がにわかに出現します。或いはトルコにも進出しているカルフールの広大な駐車場の一角が同じように動物販売所と化します。このような場所で動物が買えます。

犠牲祭で肉を振舞う場合、ひと切りで血が素早く抜けるかどうかで肉に臭みが残るか否かが決まります。トルコ料理にイシケンベ・チョルバスというスープがありますが、これなどはまさに最初の切り方次第で極上の美味だったり、臭くて属めなかったり明暗が分かれるのです。

一度犠牲祭の休暇で知人を訪ねたら、大きなボウルこんもりの肉を分けてもらって、断れずに持ち帰ったことがあります。ホストにしてみれば自分で屠った聖なる肉を皆に分けるという宗教的な意義、喜びをもってしてくれたこと、その気持ちには大いに感謝しながらも、あまりの量にクラクラとしてしまったのでした。
posted by ムフテリフ at 10:02| 東京 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | トルコ回想録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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